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東京下町柴又新聞 第30号

東京下町柴又新聞

江戸の情緒を今に伝える
多くの文豪が愛した坂の町・本郷

武蔵野台地の東の端に位置する文京区は、110を超える風情ある坂道が密集。
なかでも本郷周辺には、近代の文豪の愛した景観が、江戸の昔からそのまま残る坂道も。
最終回は、350年続く老舗の金魚卸問屋を起点に、都心に美しく残るレトロな坂道を巡ります。

創業350年の金魚屋を起点に、坂道巡りに出発

創業350年の金魚卸問屋「吉田晴亮商店」には、常時数十種類の金魚の泳ぐ生け簀があり、誰でも金魚をゆっくり鑑賞できる。金魚を見ながらくつろげるカフェ「金魚坂」も併設。
「金魚坂」で人気の「ビーフ黒カレー」(ランチ1700円、夜2000円)。
店は巨大な金魚の生け簀があった場所を改築。中国茶やシガーなど、癒しに繋がるメニューを扱う。
樋口一葉と関係の深い「伊勢屋質店」の建物は大切に保存され、毎年11月23日(一葉忌)に公開されている。
鐙坂の中程には、金田一京助・春彦旧居跡の碑が立っている。

「昔はこの菊坂の一帯に、ウチの金魚の がたくさんあったんですよ。今では寂しくなってしまった菊坂通りの商店街も、少し前までは栄えていてね。やはり昭和のころと比べると、景観は変わってきています。とはいえ、東大周辺を中心に、本郷にはまだまだ江戸~昭和の香りのする景観が、たくさん残っていますよ」

そう言って笑うのは、本郷で350年の歴史を誇る金魚卸問屋「吉田晴亮商店」の7代目女将・吉田智子さん。隣接するカフェ「金魚坂」にてランチサービスの「ビーフ黒カレー」で腹ごしらえをしながら話を聞くと、本郷周辺の坂道には坪内逍遥や金田一京助・春彦親子、さらには石川啄木ら、近代の文豪、文化人に縁のあるスポットが非常に多いとか。まずは女将さんも「嫁入りで本郷に来て、すぐに見に行った」という樋口一葉旧居跡へと向かいます。

菊坂通りを一本外れた路地裏の一角にある、古民家に挟まれて上に延びている階段奥の右側が、目的の樋口一葉旧居跡です。もはや気高さすら感じられる、まさに「美しき路地裏の風景」が、そこにありました。

「石畳の敷かれた狭い路地も、ほぼ一葉さんが住んでいた当時のままです。旧居跡の傍らにある井戸は、一葉さんが当時使っていたそうですよ」と、地元の方が教えてくれました。また、貧乏暮らしが長かった一葉の馴染みだった「旧伊勢屋質店」の建物も、菊坂通りに残っています。

文豪ゆかりの地から「寅さん」のロケ地まで

菊坂から石畳の道を入った階段奥の右側が「樋口一葉旧居跡」。一葉は18~21歳の2年11ヵ月をこの地で過ごしたとされ、傍らにある井戸は「一葉の井戸」と呼ばれている。

菊坂を外れ、長い階段を南下。この階段が 炭団 たどん 坂です。坂上の東角の崖の上には、坪内逍遥が約4年間住み、『小説神髄』や『当世書生気質』を発表したという旧居跡が。さらに「宮沢賢治旧居跡」の案内板もありました。傾きかけた日に照らされた階段は おもむき 深く、郷愁を誘う一枚の絵のようです。

菊坂通りへと戻り、さらに坂道を北西に下ると、右手に広がるのが胸突坂。ここは「男はつらいよ」第28 作『寅次郎紙風船』のロケ地です。作中で、上京したマドンナ(音無美紀子)が働いていた旅館がここにありました。残念ながらその旅館「章文館」はすでになく、今は旅館「本郷倶楽部」に替わっています。ただ、作中に看板が映っていた旅館「鳳明館 本館」は現存。この付近のレトロな雰囲気に惹かれて、外国人観光客が多く宿泊しているそうです。

最後に、そこからほど近い新坂へ。この付近はかつて森川町と呼ばれ、石川啄木が一時移り住んだ 蓋平館 がいへいかん 別荘(現・太栄館)をはじめとする、高級下宿が非常に多かった場所です。また、二葉亭四迷や尾崎紅葉、徳田秋声らの散歩路でもあったそう。石川啄木の記念碑が立つ「太栄館」の入り口にて、100年以上前に文豪たちが「生みの苦しみ」を感じながら往復したであろう坂道の風景に思いを馳せて、大充実の「本郷の坂道散策」を終えることにしましょう。

30号にわたって、東京の下町を巡り続けた半年余。お付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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