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美しく活きる。 第16回

シニアコム編集部がMASTER会員さんにライフスタイルをインタビュー。

干潟の清掃活動はとにかく暑い!

ご自宅の前が干潟なのですか?

僕の家のまん前にラムサール条約に締結した「谷津干潟」という干潟があって、そこで月1回ゴミ拾いをしています。

習志野市のまちづくり会議が主催して、地域の住民15人から20人くらい集まってやるんですが、干潟が広いので1回に1時間程度かかるんですよ。清掃業者さんも入っているのですが、目の届かないところがありますので、私たちも活動しています。夏の活動は、本当に暑いですし、花火大会などがあると賑わいますので、次の日は大変ですね。

いつ頃からその活動に参加しているのですか。

もう10年以上前になりますね。ラムサール条約の締結前までは干潟の中に入れたんですよ。当時はカキやあさりなんかが獲れましたし、魚も釣り放題でした(笑)。

まだ子供が小学生だったころ、習志野市のはぜ釣り大会で300匹釣って1等賞になったことがあります。それくらい、子供の育つ環境としては最高でしたね。潮が満ちても水の深さはせいぜい大人のひざくらいですから。今は環境保護になって入れないのですが、大型のサギやシギなど、四季折々のいろいろな鳥が来ますので、バードウォッチャーにとっても良いところですよ。

震災ボランティア活動を続けています。

お仕事は何をされていたのですか。

新卒から定年まで、機械系の一つの会社に勤め上げました。入社したときはまだ中小企業でしたが、大企業に成長していきましたので、全国各地への転勤もありました。最終的には電子マイクロスコープの開発プロジェクトに携わって、やり遂げましたね。

60歳で定年を迎えてからは、全く別業種の官公庁の電気工事を専門にやっている会社に来てほしいと言われて行きました。でも、堅苦しくて僕の性格に合わなかったんですよ(笑)。3年くらい勤めたのですが、そこに出入りしていた業者さんから、ベトナムで電線を造るのに日本人の技術者を探しているという話を聞いて、それで今度はベトナムで技術指導をする仕事につきました。ベトナムで電線を造るというと、低コストでOKと思うじゃないですか。現実は違いましたね。人件費はもちろん安いのですが、気候の違いもあり思った物が造れなかったんです。輸送コストをかけて日本に持ってきたら、日本のホームセンターで売っている物の方が安いんですよ。ちょっと夢見すぎましたね(笑)。

その頃に東日本大震災が起きたのですね。

ベトナムに行って2年過ぎた頃でした。地震がなければ、日本には帰ってこなかったかもしれません。日本がガタガタになっていると聞いて、戻ってきたらほんとにガタガタになっていてびっくりしました。自宅も傾いてしまって。

それからは、日本に戻り震災ボランティア活動を続けています。兄が中心となって活動している団体なのですが、被災地にこちらから押しかけて行って、季節のイベントでもちつきをやったり、バーベキューをやったり、交流会をしています。20人から30人くらい、若い人からお年寄りまで、地域で集まって貸し切りバスに乗って行くんです。当時は月に1回くらい行っていました。最近は3カ月に1回くらいですね。

シニアコムを盛り上げていきましょう!

震災から4年、ボランティアの内容は変わりましたか。

もうこれ以上どうしようもないんじゃないかという行き詰まりを感じますね。特に東北の冬は寒いんです。仮設のプレハブ住宅は断熱材も薄いのか、本当に寒いです。仮設だからいつかは出ていかなくちゃいけないんだけど、出ていく余裕がない、お年寄りが多くて僕くらいの歳なんて若い方ですよ。失ったものが大きいから、みなさん呆然としていますし、義援金は一時的なもので恒久的に来るものじゃない。どうやって自立すればいいんだ、って話ですよね。

だから、ボランティアに行って得た情報や、活動促進のために、便りを書いて仲間内で配っています。ボランティアも減っているので、関心が薄れないようにこれからも伝えていきたいですね。

最後にシニアコムを見てくださっている方々にメッセージをお願いします。

シニアコムの行事などに積極的に参加して、シニアコムを盛り上げていきましょう!と言いたいですね(笑)。シニア向けの同好会など、他にも検索するとたくさん出てくるけど、シニアムはいろいろなことをやってるからいいですね。

あとは、DIYが好きなので、家をあっち直し、こっち直しってやっています。基本的に、自分でできることは自分でやる、というのがモットーなんですよ。パパのおもちゃ箱みたいになってるって、家族にいつも怒られるんですけどね(笑)。しっかり家を守っていきたいと思います。